3行まとめ
- 児童虐待防止法第2条第4号が心理的虐待として挙げているのは、児童への著しい暴言・著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者への暴力、その他著しい心理的外傷を与える言動の3つ。話し合うこと自体を指してはいない。
- 令和7年に警察から児童相談所へ通告された子どもは12万2,588人。うち心理的虐待が9万1,492人、その半数以上の5万2,719人が面前DVにあたる。
- 研究の焦点は「もめたか」より「どうおさまったか」。子どもの情緒的な安心感が間をつなぐ位置にあった。できるのは、けんかを消すことではなく収まり方を見せること。
この記事でわかること
- 児童虐待防止法が「心理的虐待」として何を挙げているのか(条文の言葉で)
- 面前DVに関する通告が、いまどれくらいの規模で起きているのか
- 研究の焦点が「けんかをしない」ではなく「収め方を見せる」にある理由
- 言い合いのあと、その日のうちに家庭でできることと、相談先
「聞こえていた」と後から気づく場面
夜の9時すぎ、子どもはもう部屋に上がっている。だから大丈夫だと思って台所で話を続けたら、声はだんだん大きくなり、ふと廊下を見ると階段の途中に子どもが座っていた——。翌朝、その子はいつもより口数が少ない。こういう朝に親の側で起きているのは、たいてい判断の停止です。触れたほうがいいのか、触れないほうがいいのか。
多くの家庭は「何もなかったように」を選びます。ただ、見たものについて誰も説明しないと、子どもは自分の中で説明を作ります。自分がテストの点を言ったからだ、と結びつけてしまう子もいます。逆に、気まずさをうめようとして片方の側から事情を話すのも、子どもをどちらにつくか選ばされる位置に置きます。しかも言い合いになる話題は、お金、仕事の時間、介護、進路と、後回しにできないものばかりです。
公的情報の見方 ― 法律が線を引いている場所
「子どもの前でけんかをしたら虐待になるのか」。ここは感覚で答えるより、条文を見たほうが正確です。児童虐待の防止等に関する法律(平成12年法律第82号)第2条は、児童虐待を4つの号に分けて定義しており、第4号が心理的虐待にあたります。
「児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。」
括弧の中で法律は「暴力」を、身体に対する不法な攻撃と、これに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動に限定しています。こども家庭庁も心理的虐待の例として面前DVを挙げ、内閣府男女共同参画局の資料は「子どもの見ている前で夫婦間で暴力を振るうこと(面前DV)は子どもへの心理的虐待にあたります」と明記しています。線は「声が大きかったかどうか」ではなく、暴力や、それに準ずる有害な言動があったかどうかのところに引かれています。とはいえ、この線を家庭が自分で判定する必要はありません。
通告の統計を、家庭に当てはめるときの読み方
警察庁生活安全局人身安全・少年課が令和8年3月に公表した資料によると、令和7年に警察から児童相談所へ通告された児童は12万2,588人で、前年より210人多く、「依然として高い水準で推移している」とされています。内訳は心理的虐待が9万1,492人で最も多く、身体的虐待2万538人、怠慢・拒否1万161人、性的虐待397人。心理的虐待には括弧つきで面前DVが5万2,719人と添えられ、半数以上がこの類型です。前年もほぼ同じ規模でした。
この数字は「うちも危ないのでは」とも「これだけ多いなら大したことではない」とも読めますが、どちらも正確ではありません。通告は、警察が臨場するなどして把握した事案について行われるもので、家庭で起きた出来事の総数ではないからです。示しているのは各家庭の危険度ではなく、子どもが見ている前での暴力を扱う仕組みが実際に動いている、という事実のほうです。
研究の見方 ― もめたかより、どうおさまったか
暴力にはあたらない範囲の「言い合い」については、何が分かっているのでしょうか。McCoy・Cummings・Davies が2009年に Journal of Child Psychology and Psychiatry に発表した縦断研究は、第1波で5〜7歳の子どもがいる235家族を3回追跡し、夫婦間の葛藤を建設的な葛藤と破壊的な葛藤に分けて扱っています。構造方程式モデリングによる分析では、子どもの情緒的な安心感が、双方の葛藤と子どもの向社会的行動との間をつなぐ介在変数として働いていました。
子どもが受け取っているのは、出来事そのものというより「この家は大丈夫か」という感覚のほうだ——そう考えると、家庭が働きかけられる場所は、けんかの有無ではなく、その感覚が回復するかどうかにあります。ただし対象は海外の235家族であり、示されているのは変数間の関連であって、因果の保証ではありません。
そのうえで、言い合いになってしまった日に動かせる部分を3つに絞ります。「けんかをしない」ためではなく、収まり方を整えるためのものです。
家庭で試す3つの工夫
- ① 中断の合図を、けんかの外側で決めておく:最中に「やめよう」と言うと降参の意味に取られ、かえって長引きます。落ち着いているときに合図を一つ決めておくほうが機能します。「この話は明日の朝にする」でも、台所の電気を消す、でもかまいません。合図が負けを意味しないことと、続きをいつ話すかを、先に合意しておきます。
- ② 子どもには、事情ではなく事実と安心を渡す:その日のうちに短く声をかけます。伝えるのは3つだけ。言い合いがあったこと、あなたのせいではないこと、二人で続きを話すこと。どちらが悪かったのかは、子どもが受け取る必要のない情報です。
- ③ 折り合った場面を、見える場所で行う:けんかは子どもの前で起き、仲直りは見えないところで起きる——家庭で起きやすい非対称です。言いすぎた部分を認め合う、次の予定を一緒に決める。その場面を子どもの目に入る場所で行います。順番を変えるだけです。
言い合いのあとに子どもへかける言葉を、4つの場面で並べます。
声かけの言い換え例
「何でもないよ」(なかったことにする)→ 子どもは見聞きしたものの説明を自分で作る。自分のせいだと結びつける子もいる。
「さっきは大きい声を出してごめんね。あなたのせいじゃないよ。続きは二人で話すね」→ 出来事を認める・責任の所在を外す・見通しを渡す、の3つを短く。
「お父さん(お母さん)はいつもああなんだよ」→ 片方から事情を説明すると、子どもはどちらにつくかを選ばされる。
「意見が違うことはあるけど、うちはちゃんと話して決めるよ」→ 食い違いを消さずに、収め方のほうを示す言い方。
言い合いのあとに見返したいチェックリスト
- 中断の合図と「続きをいつ話すか」を、落ち着いているときに二人で決めてある。
- その日のうちに「あなたのせいではない」を短く伝えた。
- どちらが悪かったかという事情を、子どもに説明していない。
- 折り合いがついた場面が、子どもの目に入る形で一度はあった。
- 暴力やこわがらせる言動が関わる状況になっていないか、確認できている。
家庭の工夫だけで抱え込まないために
ここまで書いたのは、意見の食い違いが言い合いになる場面についての一つの考え方です。暴力がある場合、あるいは相手をこわがっている場合は、この記事の範囲ではありません。身体に対する攻撃だけでなく、それに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動も法律の定義に含まれます。内閣府男女共同参画局の資料も、被害を受けている側は加害者への恐怖心などから子どもへの暴力を制止できなくなる場合があると指摘しています。家庭で工夫を重ねる話ではなく、外部につながる話として扱ってください。
相談先は複数あります。配偶者からの暴力についてはDV相談ナビ(#8008)、緊急でない相談は警察相談専用電話(#9110)。子どものことは児童相談所虐待対応ダイヤル(189)が全国共通です。こども家庭庁の特設サイトは、児童相談所相談専用ダイヤル(0120-189-783)、親子のための相談LINE、24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)、子どもの人権110番(0120-007-110)も案内しています。子ども自身が使える窓口がある点は、家庭で共有しておく価値があります。
出典・参考
- e-Gov 法令検索「児童虐待の防止等に関する法律」(平成十二年法律第八十二号)
この出典で確認した記述
第2条が、児童虐待を「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。)について行う次に掲げる行為」と定義していること。第2条第4号が「児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。」と定めていることの根拠(第一章 総則 第二条)。 - 警察庁生活安全局人身安全・少年課「令和7年におけるストーカー事案、配偶者からの暴力事案等、児童虐待事案等への対応状況について」(令和8年3月19日)
この出典で確認した記述
「第4 児童虐待事案への対応状況」1 通告児童数において、令和7年の通告児童数が12万2,588人(前年比+210人、+0.2%)であり「依然として高い水準で推移している」とされていること。同項のグラフに添えられた内訳で、令和7年が心理的虐待9万1,492人(うち面前DV 5万2,719人)、身体的虐待2万538人、怠慢・拒否1万161人、性的虐待397人であり、令和6年が心理的虐待9万418人(うち面前DV 5万2,737人)、身体的虐待2万1,534人、怠慢・拒否1万80人、性的虐待346人であること(数値はグラフのデータラベルに記載、「( )内は面前DV」と注記)。 - こども家庭庁「児童虐待防止推進特設サイト」
この出典で確認した記述
児童虐待を身体的虐待・性的虐待・ネグレクト・心理的虐待の4つに分けて説明しており、心理的虐待の例として「言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、こどもの目の前で家族に対して暴力をふるう(面前DV)」が挙げられていること。相談窓口として児童相談所虐待対応ダイヤル189、児童相談所相談専用ダイヤル0120-189-783、親子のための相談LINE、24時間子供SOSダイヤル0120-0-78310、子どもの人権110番0120-007-110が案内されていることの根拠。 - 内閣府男女共同参画局「DV(ドメスティック・バイオレンス)と児童虐待 ―DVは子どもの心も壊すもの―」
この出典で確認した記述
「子どもの見ている前で夫婦間で暴力を振るうこと(面前DV)は子どもへの心理的虐待にあたります」と明記されていること。DVが起きている家庭では子どもに対する暴力が同時に行われている場合があること、DV被害を受けている人は加害者に対する恐怖心などから子どもに対する暴力を制止することができなくなる場合があること、DVや児童虐待によって家族間の信頼関係が崩れていくことがあると述べられていること。相談窓口としてDV相談ナビ#8008、児童相談所虐待対応ダイヤル189、警察相談専用電話#9110が案内されていることの根拠。 - McCoy, K., Cummings, E. M., & Davies, P. T. (2009). Constructive and destructive marital conflict, emotional security and children's prosocial behavior. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 50(3), 270-279.
この出典で確認した記述
第1波の時点で5〜7歳の子どもがいる235家族を対象とした3波の縦断研究であること。構造方程式モデリングにより、子どもの情緒的な安心感(emotional security)が、建設的な夫婦間葛藤・破壊的な夫婦間葛藤の双方と子どもの向社会的行動との間の介在変数として働いていたこと。第1波における子どもの向社会的行動の水準を統制したあとも、この関係が時間を通じて認められたこと。結論として、夫婦間葛藤の肯定的側面が子どもの社会的機能の肯定的側面に及ぼす影響をさらに検討する必要があると述べられていることの根拠(抄録)。
この記事について
本記事は家庭での関わりを整理した一般的な情報であり、医療・発達・心理の診断や治療の判断に代わるものではありません。研究知見や公的資料は「一つの考え方」として紹介しており、家庭ごとに合う・合わないがあります。お子さんの状態が気になる場合は、専門機関や学校にご相談ください。制度・統計の内容は各資料の公表時点のものであり、更新されることがあります。最新の情報は各公式サイトでご確認ください。